吉田の岩場
拇指(おやゆび)岳正面壁「赤いクラックルート」

オリーブマラソン


2003年5月23日〜25日
吉田の岩場   :荒松・中野・田中・小倉・藤岡・坂地(記録)・万福
拇指岳正面壁  :坂地(記録)・万福
オリーブマラソン:荒松・中野・田中・小倉・藤岡


 福島労山マラソン部(?)が小豆島で行われるオリーブマラソンに参加するついでに吉田の岩場で遊ぶというので、マラソン部(?)に入っていない坂地・万福もみんながマラソンしている間、どうして時間をつぶすのかを考えないでついて行きました。


【吉田の岩場】
 23日午後9時集合。11時には姫路到着。フェリー乗り場の横の公園にテントを張って宴会。次の日の一番のフェリーで小豆島へ。吉田のキャンプ場はまだチェーンがしてありましたが開けてもらってテントを張る。このオートキャンプ用のテントとタープをコーナンで買ってきて、五労山事務所まで運んだのは僕(坂地)なのですが、建っている姿を見るのはこの日が初めて。後室に5・6人は寝られて、前室で10人が宴会できると聞いていたけれど、本当に大きくて感動ものでした。キャンプ場は広くて清潔。テントは広い。岩場は近い。いうことなしです。
 その日の吉田の岩場は福島労山の貸し切り。暑くもなく寒くもなく、トップロープ張りっぱなしでも誰に文句を言われるわけでもなく、楽しい1日を過ごせました。


【拇指岳】
 さて明日はマラソン。もちろん僕と万福さんはマラソンなどという体に悪い事はしない健全な思想の持ち主。みんなが走っている間どうしようという事になって、田中さんから拇指岳に行ってきたらと勧められました。小倉さんや中野さんも勧めるので、明日は万福・坂地で拇指岳正面壁の「赤いクラックルート」に行く事にしました。といっても、「拇指岳ってどこにあるの?」状態の二人なので少し不安。もとい、ルートどころか取り付きもわからないので大いに不安。でも、マラソン会場へ行ってから拇指岳に登ったランナーを見つけてルート図をもらったらいいやろう(マラソン会場で登攀のルート図が手に入るのが、このマラソン大会の不思議なところ)と、安易に考えて登る事に決定。
 朝、吉田からマラソン会場に移動する途中で小倉さんに取り付きに行く登り口を教えてもらい、マラソン会場のテント村で中野さんにルート図を調達してきてもらう。(これがなかったら登れなかった)1時には戻ると約束し、マラソンを走る5人と別れて拇指岳へ。途中の公衆電話で家に電話をかけて「関西の岩場」の拇指岳正面壁「赤いクラックルート」の部分を読んでもらい、ルート図に書き込む。林道終点に車をおいて、小倉さんに教えてもらった登り口から登り出す。取り付きまで道があるものと思っていたが5分もしないうちに、高さ1.5m、傾き15°ほどのこんもりしたスラブ状の岩のところで道がなくなる。いくら何でもこれが拇指岳ではないだろうと意見が一致し、落ち葉の積もった疎林の中を適当に登り出す。さすが万福さん、ドンピシャで赤いクラックの真下に出た。しかし、この後上がった株は急落した。「あれ、靴が片一方しかない…」ザックの中をひっくり返しても出てこない。取り付きの下に降りてみても転がっていない。車に戻っていたら約束の1時に間に合いそうもない。1ヶ月前、不動岩で同じ側の靴を2つ持ってきて万福さんに笑われたが、今日は笑い返していられない。二人で相談した結果、一番安全かつ早く登るために万福さんは右足本多さんから買い叩いた韓国製クレッター、左足僕のモカシムをはいて空荷でリード、僕は右足モカシム、左足運動靴で二人分の荷物を背負いセカンドで登る事にした。さらにチョークバッグも万福さんに取られてしまい、僕は昔旅館でもらったタオルを入れるビニール袋にチョークを入れ腰にぶら下げた。誰もいなくてよかった。二人の姿を労山の他のクライマーに見られたら福島の名は地に墜ちたと思う。
 登る前に、安全のためならヌンチャクだろうがロープだろうがなんでも掴むから、と念を押す。1カ所ロープを持ったところがあったが、運動靴のせい、ということにしておく。12時過ぎに頂上に到着。パンを食べて写真を撮ってすぐ下山。1時過ぎにマラソン会場に帰ってきました。


【マラソン】
 マラソン会場の近くに帰ってくると、まだゼッケンをつけて歩いて(「走って」の間違いではない)いる人がいるので思わず田中さんの姿を探しました。でも残念なことに、みんなはとっくにゴールしていて、テントの中でくつろいでいました。お昼はパンを1個食べたきりなので、お腹はペコペコ。参加者以外でもソーメン食べ放題と聞いていたので、ソーメンはどこに行ったら食べられるのか聞きましたが、もうなくなってしまったとのこと。お腹はフェリーの中の宴会に持ち越すことになりました。なお、みんなの記録は何度も聞かせていただきましたが、アルコールのせいか頭が悪いせいか、全然覚えておりません。悪しからず…。


(坂地)


小豆島の思い出

2003年5月23日〜25日
吉田の岩場   :荒松(記録)・中野・田中・小倉・藤岡・坂地・万福
拇指岳正面壁  :坂地・万福
オリーブマラソン:荒松(記録)・中野・田中・小倉・藤岡


  弧を描き悠々と舞う鳶一羽 下で眺める僕も飛びたし
  鳥ならば飛べるものと知りつつも年甲斐もなく鳥になりたし
  オリーブの花咲く丘を走りぬく 自分自身の名誉の為に


 若い日の旅先での出会いは、恋まではいかなくてもオリーブの香る懐かしい思い出ぐらいにはなるだろうか。山しかなかった僕のさびしい青春時代のオリーブの島に咲いたたった一輪の花は、この島に来るたびに思い出す事のひとつである。


  若い日の恋とは言えぬ出会いゆえ瀬戸の乙女はいまはいづこに


(荒松)